糀屋 団四郎の手づくり味噌
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団四郎の人々

藤井伊美子
藤井伊美子

1924年生まれ
父定三が糀屋を創業し、9才の頃より糀造りに関わる。夫の清次と共に農業と兼業で味噌業を営む。

働き者で野菜作りが大得意。
団四郎の看板おばあちゃん!

藤井喜代志
藤井喜代志

1948年生まれ
大学卒業後、市役所に16年勤務。その後、糀屋団四郎3代目を継ぎ、こだわりの味噌作りと米作りに励む。

趣味はジャズ、写真、バイク。味噌蔵ではジャズを流し、味噌にもジャズを聞かせている。

藤井和代
藤井和代

1947年生まれ
検査技師として三人の子育てにおわれながら、地元病院に20年勤務後、夫と共に味噌業に専念。

地域との交流を大切にし、味噌を通じて人と人との出会いがあることを喜んでいる。

藤井康代
藤井康代

1980年生まれ
大学卒業後、印刷会社に2年半勤務。その後、東京農大短期醸造学科を卒業し、糀屋団四郎4代目として修行中。

団四郎の手づくり味噌を継承し、愛され続ける味噌屋を目指してがんばります。


 
 
  藤井伊美子
初代 藤井定三
新飯田村の越後大吉味噌に大正9年より就業し糀部門をあずかる。昭和7年に独立し、農業と兼業で糀屋団四郎を始める。この頃、近隣の農家では自宅で味噌を造るのが一般的であり、また甘酒が大事な栄養の補給源であったため、糀の需要があった。
    藤井喜代志
二代目 藤井清次
時代が変わり、近隣農家では味噌の仕込を団四郎へ委託し、それを自宅で保管するという生活スタイルになった。寒仕込み中は農閑期の男衆が何人も手伝いに来てくれていた。この頃から糀だけではなく、仕込み味噌、製品味噌の販売が始まった。当時の人は一年間で約一人一斗(約50kg)を消費していた。
    藤井和代
三代目 藤井喜代志
現在、当主藤井喜代志が味噌蔵を増改築し、販路を広げた。味噌の仕込みは12月と3月の2回行い、その時には東京農大の学生さんが研修生として来、近隣に嫁いだ長女も助っととしてまかない作りに来てくれる。年2回の仕込時期は家族と協力者が一丸となり、活気と緊張の中にも味噌造りに喜びを感じる時期でもある。
1932年   1954年   2007年


  団四郎味噌の名前の由来

徳川8代将軍吉宗公の頃に隣村で藤井家の嫡男として生まれ、団四郎と名づけられた。故あって、家は弟の新五郎が継ぎ、団四郎は新飯田村に移り住んだ。新飯田村は当時旗本小浜六千石の領地として栄え、団四郎は庄屋千野家の番頭として仕えた。その時から団四郎を屋号とし、団四郎6代目定三が糀屋を始め現在に至る。

 

 

 
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